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青山二郎 「眼の哲学 利休伝ノート」 後編

青山二郎「眼の哲学利休伝ノート」前編の続きです.

まず「珍毛唐」という青山二郎が観察した賭博のさわりの説明からはじまるのですが、「珍毛唐」の内容に関してはしては読んでもあまり理解できませんでし た。
というのもなにかを 人に理解させるための説明文的なものはこの人の本では基本的にあまりなく、「珍毛唐」に関しても青山自身が観て感じたことを思いつくままに書いてあると 言った感じです。
この辺の文章からも理論的分析をある意味排除しているかのような印象を受けます。

観察から「珍毛唐」に入った青 山二郎が、今度は賭場に出入り している若者にお金を持たせて代わりに賭けさせてみるのですが、その辺からがこの人のすごいところで、多分少なくない額のお金を見ず知らずの若者に渡しな くなるまで使わせてしまう。

もちろんそのお金は返ってこず、さらに別の日、また別の日と何度も同じ若者にお金を渡しやらせてみる、当然毎 回お金は返って こない、挙げ句の果てには自分でも張りはじめ自分が稼いだ小銭をそっくり代打に渡しまだやらせてみる。
最後には借金を作って帰ってくる。

こ れで青山二郎が何を得るかといえば、簡単にいうと「遊び」でしょうか。

冒頭にも茶碗と一夏のヨット生活を交換したくだりが書いてあった り、友人と飲みに行く為に一晩の飲み代とコレクションしている器を交換してしまったりと、収集家としての顔をもちながらも集めた物に執着する様子はなく、 その場で起きている「遊び」に熱中する。

物を見るというよりは損得考えずに「遊び」にどっぷりつかって体験する、これが青山二郎の「物」 がよく見える秘密なのかもしれません。


114V5PAHMCL._SL500_AA300_.jpg眼 の哲学・利休伝ノート (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
  • 文庫: 254ページ
  • 出版社: 講談社 (1994/3/4)


author:anonyme 10-08-23

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青山二郎 「眼の哲学 利休伝ノート」 前編

とにかく物がよく見える人ってのがたまにいて、自分はなかなか物が見えないたちなのでそういう人にまれに出会うと本当に尊敬してしまう訳なんですが。

aoyama.jpgとはいえ、この人ほど物がよく見える人には多分出会った事がないだろうと思われるのがこの青山二郎という人で、もちろんぼくは会ったとこがないのでこの人が実際どれぐらいものが見えていたかはあくまでも自分の想像の範囲内の事ですが、この本で書かれている事を読む限りやっぱり青山二郎という人はそうとう「物」が見えていたようで。

そもそも「物」が見えるのがどういう事なのかという話になると思いますが、観察眼とか審美眼とかいわゆる「眼」をつかって「物」を捉えて経験と知識で判断するものだと考えがちですが、この「眼の哲学」のなかで

「知り過ぎる程知っている友達の顔を、突然そこに見ながら、呆然と彼は一個の人間の顔を眺め出します。何の観念も働いていません。〜中略〜眼玉が私でなければなりません。下等動物のような眼が、自我を持たぬ眼玉という私に変じます。「黙って坐ればピタリと当てる」眼です」

と言い、眼玉を頭の忠実な従僕として扱い、経験と知識で物事を判断する事を否定しています。

だからといって青山二郎が本当に経験と知識に依らず物事を判断していたかと言えば絶対そうじゃなく、というよりむしろこの人のすごいところは、兎に角興味があることはなんでもやってみて自分が「分かってみる」までやりとおして深い体験として体に染み付かせているところじゃないでしょうか。

この本の中でも「上州の賭場」「博徒風景」のなかで「珍毛唐(ちんけいとう)」という賭博の観察記とでもいう物が書かれているのですが、青山二郎がどうやって物を体験して見ているかがよく描かれています。

長くなりそうなので後編へ続く。

114V5PAHMCL._SL500_AA300_.jpg眼の哲学・利休伝ノート (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
  • 文庫: 254ページ
  • 出版社: 講談社 (1994/3/4)


author:anonyme 10-08-15

日付 月

2009

2009もいろいろありました。
いろいろあったわりにはあっという間に1年過ぎて、今年の頭にあった事がもう2,3年前のことの様な気すらします。

今年あった一番大きな出来事といえば「偉大なる私事」なんでしょうが、それがまさに今年の事かどうかも危うい感じです。

あと、今年はとにかく30年以上生きて来て間違いなく一番体の調子が悪かったです、というか体にガタがでてきたのか、朝起きれない程の頸部の痛みを覚えた六月ぐらいから、肩、腰、肩甲骨と立て続けに痛みが広がり、ここ2ヶ月ほどは落ち着いているものの確実に衰える自分の肉体をまさしく肌で感じながら来年からは自分の行動スケジュールに「運動」を取り入れねばと思う2009年の大晦日です。

2009年に聴いた音楽、観た映画、読んだ本、で一番はなにかなあと思っていたんですが、音楽は間違いなく三宅純の「stolen strangers」ですね。

映画はいろいろあったけど後半にきてかなりやられてしまったので「this is it」すかね。

で、本が全然覚えてない(笑)というか多分あんまり読んでないです、今年は特に。
なんとなく割と最近読んだので覚えてるのが、カフカの「断食芸人」とカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」ですが両方とも面白かったけどほんとに今年読んだのかというぐらい印象を置いて来てしまった気がします。

この辺の映画や本に関する記憶力がどんどん悪くなっている気がするので、その辺もしっかりはっきりぱりっとさせたいところです。

なにはともあれ来年こそはひとつ何かやってやろうと思ってますので、2009お世話になった皆様方、2010年も何卒一緒に遊んで下さい、よろしくお願いします。

ueno.jpg

author:anonyme 09-12-29

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パリ左岸のピアノ工房

「私の頭をかすめたのは小型のアップライトで、黒いラッカー塗装に多少の疵はあるものの、アクションは完璧で奇跡的なくらい安いピアノのイメージだった」

という一文のあとに、「これは子供のために良質な中古ピアノをさがしている親のだれもがいだく夢物語だった」と続く。

これはこの本の冒頭でもなく、とくに印象的な場面でもないシーンでぽつりと主人公がつぶやいたセリフなんですが、ぼくにはなぜかこのセリフが、大きな起伏もなく淡々 と進む、詩的と言ってもいいこのピアノにまつわる物語の中で一番印象に残り、もちろんその理由は自分が子供の為でなく、自分の為にピアノを選ぶときに思う ことと一緒だったからなのですが。

幸いにもこの本の主人公はウィーンのシュティングル社というメーカーの、無骨ではありながら自分の手にぴったりの素敵な楽器を手に入れ、さらに物語はピアノを手に入れた物書きの主人公とピアノ工房の若き主人を中心に、ピアノを酒飲みではあるものの酒を飲まなければ腕は一流の調律師、ピアノから一時離れていた主人公のレッスンを請け負ったレバノンからの亡命者であるピアノ教師など、いかにも個性的でピアノを 愛する人々との関わりを中心に進んで行きます。

パリに住む個性的な人々を中心に描きながらも、フランス的になりすぎずどこか一歩引いた客観的な目線があるのは主人公がアメリカ人だからでしょうか。

読んだ後、ピアノを置く事が出来ない借家住まいなのに、お気に入りの中古ピアノを探してしまったのは言うまでもありません。

paris_piano_little.jpgパリ左岸のピアノ工房
T.E.カーハート 村松 潔訳
新潮クレスト・ブックス










author:anonyme 09-11-23

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ピアニストという蛮族がいる

pianokey.jpg

中村紘子のピアニスト観察、アイリーンジョイス、久野久、ラフマニノフ、パハマン、ミケランジェリ、グールド。

まだピアノを始めて間もない頃、ピアノというものを真摯に追求しようとしていた自分は、始めた年齢が遅かったというのもあり、ピアノというもの自体を感覚以上に脳でとらえようとピアノについて書かれた本やなんかよく読んだりしていました。

今となってはピアノに対する真摯な様子など見る影もないわけですが、そのころ読んでて今でも印象に残ってるのが「ピアノの音色はタッチで変わるか」と本書。

前書はすごくおもしろかったんだけど、ピアノ自体に興味がないとあんまりおもしろくなさそうですが、本書はピアニストというかくも奇異な存在について実際の奇人変人ピアニストを通して書かれていて読み物としておもしろい。

本書にかかれている人々からピアノという要素を取り除くとただの変人になってしまう人間ばかり、そもそも彼、彼女らの変人形成においてピアノという要素が大きく関わっているという前提から本書が成り立っているわけですが。

やっぱり思ってしまうのが、なんで、ピアノなのかというところですね。

あんまり他の楽器奏者でいわゆる変人をまっとうした人ってあんまり聞いたことがないし、例えばジミヘンがステージでギターを燃やすのとは意味合いが違うと思うんです。
実際ステージの上でピアノを燃やすピアニストがいたとしても、アナーキストとしては太鼓判を押されるかもしれませんが、変人というのとはちょっと違うわけで。

実際、防火服に身を包んだ山下洋輔がピアノを燃やしながら演奏したなんてのがあったみたいですがやっぱり意味合いとしてはちょっと違います。

山下洋輔が炎に包まれたピアノで演奏したり、ジミヘンがギターを燃やすという行為が演奏上高まったエモーションをギターを燃やすという行為に還元した、いわば演奏の延長線上にあるのに対してピ アニストの場合その奇異な行為が取りざたされるのが、キャンセル魔や演奏前後の動作、スキャンダラスな私生活など大体演奏の延長線上にないことも関係して るんでしょうか。

と、ここまで書いてピアニスト以外でピアニスト的変人的要素を持つ音楽家が一人いたと思い出しました。

ステージで寝る、コンサートを突然キャンセルするジョアンジルベルト、ピアニスト的変人要素を持つピアニスト以外で私が知る限り唯一の存在。

現代のピアニストの中で変人的存在と呼べるような人がいないことを考えるとミュージシャンの中で唯一と言っていいかもしれません。

現代になってなんで奇行に及ぶピアニストがいなくなってしまったんですかね。

いなくなったというより、ピアニストっていう存在が1960年代ぐらいまでのいわゆるセレブ中のセレブでスター扱いをうけていたころとはポジションが変わってしまったんでしょうね。

pianisut.jpgピアニストという蛮族がいる (文春文庫)







author:anonyme 08-09-20

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青山二郎「眼の哲学利休伝ノート」前編の続きです.

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とにかく物がよく見える人ってのがたまにいて、自分はなかなか物が見えないたちなのでそういう人にまれに出会うと本当に尊敬してしまう訳なんですが。

mingus in eurpe vol.2

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超短期間ですが夏休みがとれました。

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昨年までだと、今の時期って仕事も大分落ち着いて映画見たり本読んだり、どっかでかけたりって割と出来てたんですが…

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非常に恥ずかしながら、日本を代表するグラフィックデザイナーと子供の頃一番好きだった絵本の作家の名前がさっき一致しました。

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買ったものや借りたものと、観なきゃいけないDVDがやたら溜まってしまいやっと一つ消化できたのが、ここ最近観た映画ではかなり好評価になったデレク・ジャーマンのカラヴァッジョ。